ホストファミリーin Lithuania その一

いつも率直で、ストレートに優しさをぶつけてくれる人たち。

リトアニアでお世話になるホストファミリーの組み合わせを聞いたのは、クライペダからカウナスに向かうバスの中だったと記憶している。

十字架の丘に寄った後、誰がどの家庭にホームステイするのか発表があった。

「子どもが2人いる家庭に行くよ」

僕はこれまで何度か海外でホームステイをしているけれど、不思議といつも子どもがいる家族にお世話になっている。今回もそうだった。

2泊3日のホームステイ。その初日のことを、今でもよく覚えている。

会ってすぐ、当時10歳の娘さんが歓迎の絵をくれた。とても恥ずかしがり屋で、絵を渡すと、すぐに友だちとどこかへ行ってしまった。

それから2年後、僕は再びリトアニアを訪れた。

あの日もらった絵を鞄から取り出して見せると、彼女はとても驚いていた。まさか2年後に日本から持って戻ってくるとは思っていなかったのだろう。

初めて会ったその日は、カウナスのいろいろな場所を案内してくれた。

途中、リトアニアの伝説的なバスケットボール選手、サボーニャスの家の前を通り過ぎようとしたちょうどその時、本人が出てきた。

ブザービーター。(使い方あってる?)

一緒に写真を撮ってもらった。親切な人だったけど、2m越えの巨体に似合わず、声はとても小さかった。

そして夜。歓迎のディナーとして、なぜかお寿司屋さんに連れて行ってくれた。

日本から来た僕を歓迎するために、リトアニアで寿司を食べる。

どの寿司も驚くほどおいしかった。中でも強烈に記憶に残っているのが、カリフォルニアロールだった。今まで食べたカリフォルニアロールの中でも、ベストのクオリティだったと思う。

最近になって、僕は海外でも寿司や日本食を食べるようになった。その原点をたどってみると、もしかしたら、あのカウナスのお寿司屋さんだったのかもしれない。

2泊3日の短いホームステイだったけれど、この家族との思い出は驚くほどたくさん残っている。

なので、この話は何篇かに分けて書こうと思う。

コメントを残す

Banri Ozawa.comをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む